Singersong “Writer”s@Tokuzo

いつもの時間にTokuzoへつくと、既に結構テーブルが埋まってにぎやか(今宵出演する大所帯のメンバーもテーブルを使っていたので賑やかだったわけだ)。2500+500。ノリボナーラ、ウコン酎。そもそも本日出向くきっかけは、ガンジー石原が名古屋で、しかもバンド編成でみることができるとはレア!という理由で決定。タイバンが湯浅湾なのも決定を援護、さらにもうひとつのバンドの正体といえば小川真一さん参加と知ったのが念押し。つまりふだんは物書きが演奏するケースを集合させたという、なるほど、と思うにはあまりにマニアックな当方好みの企画。とはいえ各演者の事情はそれぞれ異なる。幸いなことにガンジー石原のCDは予習済み。プライベートな弾き語りが後押しされて、知らぬ間にステージへとせり出されてしまったかのように、初々しいボーカルをみせる。ん?バックに女性コーラスが。唯一女性メンバーの北岡ゆかさんはもくもくとBsに向かっているわけだし、あっ、真正面からではちょうどガンジーさんに隠れて見えないDs、まさをさんのファルセットだ。妙に印象に残る、存在感のある声。2年前、初めて生でちんぷんかんぷんを観たときに抱いた感動がよみがえる。次が時限楽団#9 featuring小川真一。総勢10名近いパンクジャズ?このような《ジャンル》のバンドであるとは演奏の始まる直前まで存ぜず、どんなジャンルであっても冷静たる小川さんは右翼隅より鋭いディストーテッドなスティールギターで全体を総轄していく。湯浅湾。前回、Tokuzoで見たのは20世紀、蔦木栄一兄さんが元気な頃の突然段ボールとのタイバン、TokuzoのHPを紐解けば(暇だな)1998年12月21日以来となる(その翌年にZoffy、突然段ボールの企画には居合わせず)、12年ぶりの湯浅湾というわけである。当時のファズ・ギター延々の構成からは遠く隔たり、日本のロック、いや日本語のロック「論争」の正統的後継者を自認するかのような、堂々たるバンド演奏である。豚の***などヴォキャブラリーのマジックは評論同様だが、主張としては決して奇を衒っているわけではない。かつて平岡正明が「言文《行》一致体」を提唱していたのを思い出す。ただしガンジー石原は明らかにパフォーマンスとしてスキゾ化しており、掴もうとしてもするりと抜け逃げていく。次回はぜひとも、噂の正調ソロ、純然たるソロに出向きたい。

  • 湯浅湾 - 浮波 (2CD+DVD,boid)
  • 湯浅学 - あなのかなたに (扶桑社)

河端一ギターソロ@スミス記念堂〜豊橋へはしご

お昼前に出発、10月と同様、草津線経由の津→名古屋の切符を求める。彦根駅到着が14時前と早かったのでゆっくりと徒歩にてスミス記念堂へ向かう。途中、いちご大福やら、ひこにゃんドラ焼きをおみやげとして求む。2000円。スミス記念堂には昨晩からの合流組もいて、過去最高人数か。PAは前後左右に端整に配列される(後方は斜め上方へ向けられていた)。「スミスで会いましょう」シリーズの最終回は最初に戻ってギターソロ。とはいえ、初回以降、ここ半年ほど幾度か試みられてきた、ピックを使わないギターソロの集大成。Iancu Dumitrescu張りの、《存在のざわめき》(cf.埴谷雄高)と称したい音。Acid Mothers Festivalの縁で急遽参加となったOHPiaによる演出は嫌が上でもラストであることに思いを馳せることになる。いつぞやの秋葉原と同様、天使が舞い降りる。これは《東西の様式が渾然一体となった》当堂にてもっとも映える演出と思えた。90分を超えるギターソロを堪能、どこかで記されていたが、回を追うたびに「今回が最高」と言わせしめる出来ばえであった。スミス記念堂を舞台とする河端一の、ひとくぎりである。(miniDV60分テープのLPモードでぎりぎり収まったわけだが、94,5分録画できるところが最後のアナログ感覚と思える。当方のサラウンド録画もこれにて作業収めか)。彦根が割と近かったことにも感謝せねばならない。もしも彦根が別の地方だったら。東京こそ年に一度は観ているが、たとえば高知へは未だにお伺いしていないなど、根性なしであったかもしれない。だが昨晩もみかけた白人青年Clintonは河端一ほかJapanese Undergroundのために一ヶ月以上滞在するというではないか、あっぱれなことである。

  • Kawabata Makoto - 9: Guitar Solo (CDR)

本日は欲張ってライヴのハシゴ。彦根駅から米原駅へ。関東方面にて新幹線に人が接触する事故があったようでダイヤが乱れていたが、ひかりにて名古屋へ、さらに豊橋へは新幹線名古屋往復切符(土休日用)にのりかえる。この区間のみ私鉄と競合するため格安となる。豊橋市街地へ出向くのは久々のこと。幼少時、祖父の入院でまだ移転する前の豊橋市民病院へ見舞いに通ったころ、高校三年の夏、河合塾へ通った頃のこと(西武デパートの書店には芥川賞受賞作品「九月の空」が平積みされていた)。それと帰省の折しばしば立ち寄ったRabbitfoot Records。House Of Crazyはすぐにみつかった。開演し客として一番乗り、すでに三上さんが佇んでいた。Up-Tightのライヴはかなり久々。しかもLucreziaでない演奏を観るのは数年ぶり。しかも、これほどの彩度の高い照明で観るのも初めて。定番のナンバーばかりだが、最後に尾形さんベース弦を切ってしまう。45分ほど。三上寛は昨年のソンコマージュとのタイバン以来。ギターを硬めの音にして、主にPSF時代の曲がほとんどだが、やんやの拍手となるのは「夢は夜ひらく」。意外にもMCが多い。東北新幹線開通にあたり観光大使であるとか、還暦を迎えた話。照明のせいもあろうが(そうでなくても、だが)三上寛の額から汗が流れ出る。しかし演奏中は決してぬぐおうとはしない。ラストに似つかわしい「大感情」にて退場、しかしライヴの恒例かできばえとは関係なく拍手が鳴り止まず。最後にもう一曲、ほとんど90分近い演奏だった。下りの新幹線こそダイヤが乱れが気になっていたのだが、無事に乗車できた。

Acid Mothers Festival @ Tokuzo

この前売券を求めた日がチケットぴあで発行手数料を取られるようになったちょうど初日にあたった。アシッド・マザーズ・フェスティバルゆえ前売券を求めるしかないわけだが、こうなるとそもそもぴあを経由する必然性はないように思えるのはふだん通うライヴが別世界だからか。さて雨上がりの今池界隈。行列人数は控えめに開場。今年はステージ前を広く空けてフロア後方にテーブルが用意されるレイアウトに。鬼怒無月はこれまでノーマークであったことを白状せねばならない(わずかにAcid Mothers TempleレーベルのCDRのみ所持)。端麗なギター演奏に河端さんのギターが対比される。ふだんのフェスティバルよりも遥かに鑑賞度が高い。例年が悪いわけというわけではなく、このような機会でなければなかなかお目にかかれないアンサンブルだということ。当方、第一部は津山さん側左翼、第二部を河端さん側右翼と贅沢にも移動したが、最前列では自分の位置する反対側の遠いギターが聴き取れず、鑑賞するのみであれば、後方に置かれたテーブルに座るのも馬鹿にできないと知る。第二部だけでも一時間半近くあり、もしもライヴ盤がリリースされるならばぜひ2枚組の分量を要望したい(録音が失敗していたのです)。オークションにも不況の蔭か、自らの意思よりも多くのTシャツが手に入ってしまった。Acid Mothers Temple謹製ラッキョウや激硬味噌煮込みうどんなども次々と競り落としてしまう。振る舞い酒でビールのおかわりもできて終電にて帰宅。

Japanese New Music Festival @Helluva Lounge

 近鉄阪神なんば線にて元町下車。ルミナリエとぶつかってしまった。地上に上がれば、既に駅南の交差点には警察の街頭車から婦人警官が拡声器で何やら叫んでいる。元町から三宮方向へ流れるために、そのスタート地点である元町の流れを作ろうとしているわけだ。で赤万餃子を食べた後、まだ時間があるのでRhythm Kingへ向かう。ところがアーケードの商店街がルミナリエへ向かう大きな流れの一部を受け持っているためか、既に一方通行で大勢の人々の流れが形成されており、その勢いから店先を守る目的と思われる柵が商店街の両脇に切れ目なく並べられている。ただしこの時点では流れの隙を狙ってすぐに渡ることができた。Rhythm Kingにて、近年のマイ・ブームでバルバラの日本盤、それと手持ちの盤状態が悪かった西来路ひろみをアナログで買いなおす。さて来た道を戻ろうとすれば商店街が既に人々の流れで埋め尽くされており、増水で決壊寸前の川のようにみえる。横断するのには指定された箇所にて警官の誘導を待たねばならない。人手による交通整理が行われるわけだが、警官が止まれをかけてロープを張っても人々は強引に押しくぐっていく。その光景にみとれていたら今度は自分が後ろから押され始める。商店街の路上には三方から人が押し寄せており、ただ後方からの力で自分の意志とは無縁に進んでいくわけで、結果として前方に位置する人を自分が押してしまう。「すみません、後ろからなんです」「いいですよ」と会話は和やかなものの、これが子連れだったらいつぞやの花火大会と同様に事態に発展してしまうのではないか、そういえば手にぶら下げたアナログ盤の消息は、と気づけば既に無理な力が加わっており、なんとか救出させる。わずか2,3mの移動にエネルギーを奪われる。いったいぜんたいルミナリエとは何なのか、そういう自分も2年目のときにわざわざ見学にきたことがあった。路地裏にはまだ震災の跡が残されていた頃のこと。嫁さんのおなかに子どもがいたが、これほど殺気立った雰囲気ではなかったはず。
 群集の向かう方角とは直角にHelluva Loungeに到着。2000+500。開演時間近くになって若者が集まり出す。恒例のJNMF、凱旋公演。昨夜大阪へはお伺いすることができなかったが、より「音楽的」であったという。さて津山篤ソロから。el-bsを主にディレイを加え、混沌とした世界。津山ソロは何が出るかわからない。河端一ソロ。凱旋公演のお約束で英語MC、ピックを使わない演奏だと前置きし、最近多用する金属の円盤をプリペアード使用。先日の体験からすればフロア中央が最適なのだが今宵はビデオ撮りを敢行しているため最前列で。JNMFならばビデオ、という安易な選択肢に自己嫌悪を抱きながらも若者らを押しのけて最前列に居座り続ける。河端ソロのみミラーボールが使われた。ミキサー氏が興味深い色分けをする、すなわち、津山ソロ(途中から)、Zoffy、赤天、Zubi-Zuvaにおいてはステージを明るく照らし、一方、河端ソロ、Ruins-alone、AMT SWRでは照明を落としたままだったのだ。これを単に色物/非色物の基準だとはいえるはずがないが、ビデオを撮る立場からするとありがたい。Zoffy。何をやってくれるのか。新作ではなく、果たして、おなじみの題材が披露された。ただしZoffyとして既に完成された伝統芸のクリシェたる再演ではなく、たとえばマイルスであれば、当初の一発芸から津山による形態そして実際の演奏内容へとシフトさせていたし、奇妙な設定じたいがすぐにのみこめないにもかかわらず演奏を経由すれば納得させされてしまうのも力量か。「ロックンロール」もまた編曲の初期衝動から数年を過ぎて、ネタの面白さから味わいへ、よりドラマティックで飽きのこない津山のパフォーマンスも当然の出来ばえか。Zoffyのレコ発は行われるのだろうか。Zubi-Zuvaはそもそも男性ポリフォニーに端を発しているが、それを離れて、もっとも自我の緩む世界である。

  • Kawabata Makoto - White Summer Of Love Dreamer (LP, Blackest Rainbow)
  • V.A. - Fall Into Darkness Festival DVD 2009 (DVDR, Fell Studios)

ドアーズ・まぼろしの世界@名古屋シネマテーク

無料鑑賞券の有効期限が切れるぎりぎりで今池へ出向く。鮮明な画質は、既にフィルムではなくデジタル何やらという映写方式であろうか。出来事や事件を編年体に追う、意外にもオーソドックスなヒストリーものであった。ジム・モリソン演じるドライバーが砂漠を突っ走るなか、カーラジオで「ジム・モリソンが1971年に死亡」というニュースを耳にするシーンはほんとうに未発表自主制作映画の一こまであったのか、冒頭に《追加撮影された映像が一切ない》という断りがあったからそのとおりだろうが、まるで本作を待ったかのようなはまり具合、でき過ぎか。いまどきのドキュメントでは必ず関係者のインタビュー・シーンを細切れに交える手法がスタンダードとなってしまったが、この点で本作品は潔い。これまでドアーズのこと、とりわけ他のメンバーのことに疎かった。Gtがフラメンコを出発点ゆえピックは使っていない、とか、Dsもジャズ出身で独特のオカズのたたき方にも納得、そして映像を通して、Keyboardの存在が気になった。ステージでジム・モリソンが倒れてもただ一人弾き続けたり、常にグループを客観視しようとしたりなど存在感があった。反体制など当時のニュース・フィルムを交えていくのは教科書的で説明すぎるが止むを得ないか。今年になって初めてDVDで「ギミーシェルター」を観ることができ、その流れであれば、本作品もまたDVD扱いとなったろうが、たまたまこうして大画面で観る機会を持ち、各人の表情など含めトータルで82分を楽しめた。監修:野沢収のクレジットも見逃さなかった。先ほどのストーンズとあわせて、ロック神話の終焉ということになるのだが、その象徴をみとめるとしても、それでもなお、日々ローカル都市でリリースされていったガレージ、JAフォロワーたちの存在を無視することとはできず、せっせと復刻CDを集めていくのである。

大貫妙子+坂本龍一 UTAU tour @愛知県芸術劇場コンサートホール

本日は東西にてライヴ・スケジュールが大量にかぶっていた。最大の要因は、嫁さんと十数年ぶりに出かけるライヴということで決定。8400円。先行前売には間に合わずいろいろ特典があったようで残念。高額といえば言えなくもないが、ライヴハウス数軒分と考えたらよい。何しろ世界のサカモトなのだから。坂本龍一を生で観るのは初めて(夢の中に現れて語り合ったことはしばしばだが…)。大貫妙子のコンサートはたぶん18年ぶり。愛知県芸術劇場コンサートホール、一階の最後列。座高のある当方にとって最良の席。大貫妙子の、一パラフレーズごとにぶつ切りで唄う唱法もいつの間にかなくなっていて、めでたい。コンサートのPAはバラッドという独スピーカ、タイアップしているのか二人が絶賛。大画面に映されるアートは最小限の色彩と変化で好ましい、スクリーンセーバーではないのだから。それにしても一曲ごとに間に入る、MCが聞き取りづらい。PAのせいもあろうが、とりわけ坂本龍一の、NHK-FMの頃と変わらないボソボソ声。話題内容もしょーもない。がそれがよい、と言わざるを得ない。エコにまつわる姿勢は如何わしいものの、ともあれ、35年以上続くお二人の交友関係を確かめることができただけでもよかったし、昔の名前で…だけではなく、新作でツアーする心意気もよし。とはいうものの、過去の名作も忘れない。ツアーのことだからパッケージされた内容かと思いきや、後でチェックすれば会場ごとに微妙に選曲が異なっていた。「風の道」を聴きたかった、が演ってくれたら涙が止まらなかったかもしれない。「色彩都市」で泣けてしまったのだから。…といったい何様のつもりでこんな感想を書いているのか、は脇へ置いておく。

  • UTAU tour book ※いわゆるツアーパンフ。DVD。思う壺。
  • UTAU a project of taeko onuki & ryuichi sakamoto (2CD)

a qui avec Gabriel + 河端一 @ スミス記念堂

車で、法定速度を遵守して。水口バイパスは10月に無料となっていた。11月最後の週末ゆえ湖東三山に紅葉目当てのマイカーが多いのではという予想は裏切られ、順調に到着。2000円。スミス記念堂に入れば、既にギターPAは中央後方にほぼ上方を向けて寝かされており、これに対し、a qui avec Gabriel用のPAは左前方と右後方に大きく離れて置かれていた。ハウリングをなくす方策とはいえ、これではリスナーとしておちつかないだろうということでアコーディオンPAは前方に、ただし演者の前方にPAがセットされた。このような調整もまた一発勝負である。灯りをつけるかどうかスタッフの方が迷う、そんな穏やかな午後のひとときに、まずはアコーディオン・ソロが堂内に澄みわたる。二十数分、ここでわずかに休憩を入れたところがよかった。なぜならこの後に始まる音を心して体験するきっかけとなったから。とりわけ後半、無駄のない、次第大音量のa qui avec Gabrielを体験するのもお初だが必然的流れ。一回性という気負いとは無縁な、パーソナルな音の果てに広がる普遍な響きである。演奏が終わって我に返るまで、夕闇が迫っていることに気づかなかった。堂内の灯りが陽光と入れ替わる時刻。今回、a qui avec Gabrielの関西ツアーはそもそもスミス記念堂の公演がスタートだった。遠征の通例に違わず、その前後にもブッキングをこしらえていくことに。すると神戸や大阪、名古屋でそれぞれa qui avec Gabrielの演奏じたい接することができてしまう。これでは当初の企画、スミス記念堂がそれらに囲まれ埋もれてしまいやしないかという危惧は大きなお世話であった。Helluva Loungeが、アコーディオン河端一のギタードローンが初めてミックスされた記念すべきライヴとすれば、結果として、本日がスミス記念堂のハイライトとは申せないか。いや当方、2002年に初めて「出会った」河端一にも匹敵する音に思えた。帰路を急ぎ、初めて彦根インターより名神に入る。慣れない夜の高速は八日市インターまで、これでも数十分の節約になったはず。

  • Makoto Kawabata - 8: Shruti Box Drone