湯浅譲二 - 美しいこどものうた

このアルバムを飽きもせず繰り返して聞き続けています。我が家の朝の目覚ましCDに出世してしまいました。湯浅譲二がこどものうたを集中して作ったのは1950年代後半から十年間だといいます。この時期の作品をピアノ伴奏で女性ソロで歌われました。幕開きにふさわしい「ほんとだよ」。うたとともにテンポが変わり(トムとジェリーみたいです)、《ワン》《エヘン》といった擬音(オノマトピア)を浮き立たせた後、夢の余韻をやさしく反芻してくれるドリーミーな一曲です。「はしれちょうとっきゅう」「インディアンがとおる」「ピコットさん」あたりは確信的に懐かしい曲です。擬音の扱いがすごいです、《ビュワーンビュワーン》《アッホイアッホイアッホイホイッ》《ピコピコピコット》。とはいえこのアルバムで当方が出会った佳曲は「ジェット機キューン」。冒頭から他の曲調とは異質な、三連符の力強い連打で始まり、なんというコード進行でしょうか(楽譜集も入手したくなりました)、転調を挟んで歌が始まります。《キューン、キュンキュンキュン、キュ〜〜ン》、耳に突き刺す[k]音を強調した擬音が続き、最後の《キュ〜〜ン》だけ無音階に急降下します。概してこどものうたというものは忙しく、Aメロが始まったばかりなのに印象的な転調があってBメロへ。3番が終わるとイントロの転調が再演されてリタルダンドで終わります。この2度の転調のたびに聴き手=当方は現実を離れて空へ、空へ羽ばたっていきます。いったいどの番組で紹介された歌でしょうか、ブックレットでは判断つきません。この曲は「はしれちょうとっきゅう」ともに《乗り物モノ》としてロコちゃんパックなどで再演されているようです。前者が東海道新幹線開通とタイアップした、時代を映し出した曲であるのに比べると、ジェット機は時事性には乏しく、20世紀とはいえ特定は困難です。とはいえ歌詞はあざやかに心象風景を歌っています。《ジェット機キューン/あっ もういない キラリとそらに すわれてきえた/ジェット機キューン もどってこい》。ふと、矢野顕子「ヘリコプター」とか荒井由実ひこうき雲」さえ連想させます。ところで《まるいひかりのボンネット》と歌われた0系は今年11月には使命が終わってしまいます。「はしれちょうとっきゅう」は再びニュースで聞かれる機会となるかもしれません。過ぎ去った昭和の一時代を築いた作品として。しかし《歌は世につれ、世は歌につれ》と言い切れるのか、「はしれちょうとっきゅう」が同様にノスタルジーの対象となっていくわけではありません。しかしです、そもそも日本の前衛音楽というくくりまで広げてしまえば(小沼純一が言ってますが)「昭和」の時代であったことも否めません。そのくくりかたを持ち出せば《うた》のジャンルのほうが遥かに古びることなく生命を持ち続けるように思えます。ましてや「ジェット機キューン」は当方の記憶になかったことが逆に幸いして、永遠の名曲となっていくかもしれません。