夜に沈む静岡市街にて@日専連ホール

結局、定刻まで仕事、近鉄急行〜名古屋で乗り換えて新幹線ひかりで静岡へ。このダイヤでは時間厳守の開演では間に合わないことが判っていたので車中より主催者に電話、必殺の反則、開演時間のリザーブをしておく。義理とか無理強いだからはない。他でもない俺が聴きにいくのだ、っていう奢り。とはいえ駅に到着した際、帰りのムーンライトながらの指定席券を求めておこうと窓口へ向かえば駅員から思いがけない返事、「満席です、冬休みですから」。やむを得ずそのまま目的地へ向かう。SpiralMart亡き後に市街地のハコはないわけではないが利便を同等のまま探せば相当な出費が襲う。そのひとつの解答が今宵のようだ。日専連ホールとは雑居ビルの2階、本来は会議室のようで、ステージ分だけ椅子とテーブルをのけてある。1500円…を払うタイミングを失いビデオなどセッティング。7時を十分におして開演。PAなし。
望月治孝。今宵は長めにやると知らされていたがトータル50分を越える演奏であった。最近サックスのみの演奏が続いていたから久々にあれこれやってほしいなあと思っていた矢先ドンピシャリ、オープニングはハープから。さらに片手に久々の鈴が握られ、吹きながら少しずつ手から床に毀れていく。ただし投げつけられなかったのだが。〜ガットギターで一曲〜サックスソロへ。とりわけサックスでは普段であればリード交換でいくつものセグメントに分かれるところを(これまでこれをプラスに転じてきたのが彼の演奏だったが)これほど長時間の吹奏をする場面に居合わせたのは初めてであった。サックスソロのみで数十分を披露するとなれば逆に一度休止があると目立って演奏が分断された感があるがあっという間の50分。後半には「fly me to the moon」からの引用か。会議室特有の低い天井(幾分段差が設けられているが)による残響音が美しい。
山田達次。Dead Men's OrchestraやImpedanceでおなじみだが今宵はアコギでのソロ。そのギターをみつけた数少ない観客から「なつかしいギターだ」という声がかかる。演奏者に歴史あればその人物と関わる人々の歴史がある。さて《哀悲謡》直系のソロだと形容されていたがジョージハリソン研究会では山田君の音楽ルーツがわかりやすく提示されていた。ところが今宵はカヴァーというスタイルは変わらぬのに、誰も未だ知らぬルーツ、おそらく本人でさえも知らないであろうルーツへの旅に付き合わされるような生々しさがあった。とりわけ唯一のオリジナルという終曲はこれを聴きに年末の白々しい静岡繁華街へやってきた価値もあろうという、渾身の作品であった。打ち上げに参加させていただき、ムーンライトながらの出発まで飲んで過ごした。
本日もビデオ+NT4ほかフルセットを持参。冒頭の言葉とは裏腹だが記録することには後ろめたさが付きまとう。なにかを特化しようとする思惑。しかしマッチラベルコレクション、缶詰ラベルコレクションだってあるじゃないか。

  • 矛盾律の椅子document(cassette) thanks to Mochizuki