"I cry with your tears"@SpiralMart

充実かつ激動の一日。朝より子ども2人を連れてグループで近郊の観音岳(608m)にトレッキング。とはいえ経ヶ峰(819m)に比べてよりふもとから登らねばならないので標高差が実感されるうえに足場が悪い路があって、私にはちょうどよい試練。降雨確率50%だったがなんとかもった。さて帰宅、着替えて準備して近鉄急行と東海道新幹線ひかりに。BGMはTräd Gräs och Stenar。静岡駅着19時5分。今宵の開演は7PMとアナウンスされていたがこれより早く乗ることができなかった。そもそも名古屋-静岡間の、ひかりとこだまの差は著しい。《時間厳守の望月》君がトップと踏んでいたが、待ってほしいと電話する傲慢だけは避けてSpiralMartに到着すれば、会場内の照明が最大となっていて、ああ間に合ったのかと思ったのは錯覚で、Saxの音は本番であった。録音を諦めて椅子にすわる。
この日の望月治孝は吹きまくっていた。正直、最初は戸惑った。もちろん巷にあふれるサックス・ソロのような、流されて歌うフレーズではない。間が減って、沈黙さえ惜しむように、息を呑む隙も与えないスピードだった。吹く度に海老のように後ろへ、後ろへと後図さって、危ない、と思ったら丸椅子を蹴倒していった。そんなパフォーマンスも些細にみえるほどにブロウィングのほうが強烈で、これは自分自身の感覚器で収めるしかなく、記録メディアに残せなくて惜しくなかった(嘘だけど)。演奏のひとかたまり毎に、何をしているのかと思いきやリードを交換していた。ギターの弦を切るギタリストは修行が必要と思っているが、リードを交換するSax奏者はどうなのか。都合2回行っていた。後で聞けばオルゴールの音からスタートしたという。とはいえ今宵望月治孝にはインプロヴァイザーよりもサキソフォニストという紹介がふさわしかった。我に返って会場を眺めれば場内に居合わせる人影は6つ。1人は当方の後から入場してきたから、ということは遅刻した自分が最初の客だったという結論か。
イトウダイキ。el-gtを抱えたままステージに正座して丸まって弾くところからスタート。先日の沖縄での結婚披露宴で新郎の生徒にあたるギタリストの演奏に接したからだと思うが、若きギタリストに初めて接して思いを馳せるのはジャンルよりも以下のようなこと、この人はどのようなきっかけでギターを始めることになって、どうやってそのスタイルを入手し、そして継続しているのだろう、と。すると一見、過激な部分よりも演奏者の核のようなところが気になって仕方がない。イトウダイキの場合、即興の中ほど、エフェクタに頼らず不思議なコードでシングル・トーンのソロが続いた箇所がそれにあたるのではないか。最後はギターを放って幕。
馬場陽太郎。冒頭、ギターを持たずアカペラで歌う。自分の知らないジャパニーズ・ポップスであったけれど、私が2年前、初めて馬場くんの演奏に接したときの、山下達郎のカバーのことを思い出していた。カラオケの延長で歌っているわけでもなく、自分流に崩して悦に入ってるわけでもなく、歌を感じさせてくれる歌。壮大なシンフォニーがたしかに自分にも聞こえた。このアカペラが進行のトーンを決定したのか、続くナンバーでもgt音が十分に拡散し炸裂しているにもかかわらず歌が勝っていた。
キキミミズ。ストラップを使って、驚きのスタンディングにて、より自然な身振りで。通勤途中でふと口ずさんでしまう「共同墓地」ほか個人的スタンダードを再現する楽しみはない代わりに、アコギの口数は更に減り、鋭いエッジとともに言葉のリフレインが確実に伝えてくる。「空の青さ」も決して厚化粧を施すことなく、幾度もこころに引っかかってくる出来栄えで密かにほくそえんだ。終演が9時。そこで2000円を支払った。
静岡へやってきたのはこの2年間で計11回に及んだ。大まかにいえば、馬場陽太郎の企画Sizuoka Acid Forumのシリーズと、鮎川信夫の詩を引用したタイトルの主に望月治孝企画のシリーズと。それらはせいぜい半径200mでの出来事なのだが。望月君から気合の入ったフライヤを送ってもらっていたとはいえ、山登りで疲労もあったし、観戦が3連続となることもあり、来静を控えようかと思った瞬間もあったものの、今宵、そんな愚かな決定を下さなかった自分に安堵した。ホテルへ2AM入り。4時間後、一番電車(新幹線)で週が明ける。