ビーチ・ボーイズと私・番外編「スマイル」

今回リリースされた「スマイルSMiLE」の語りにくさはちょうど早川義夫の復活のときを思い起こさせる。尋常ならぬ盛り上がりと(名古屋ボトムラインの緊迫感!)、評価が「絶賛」か「昔がよかった」かのどちらかにしかならないだろう点で。しかも「昔がよかった」と言いづらい点で…。ただし早川義夫の場合と異なり、こちらは正式に発表されなかった「昔」であって単純に比べることはフェアではない。「絶賛」としても、この度リリースされた音のみの評価に限るほどストイックな御人は居られまい。そこには三十余年間の歳月を経て完成したことへの感慨を抱かざるを得ないから。頓挫以降、五月雨的に断片のみ放出、ブート騒ぎ、ボックス収録までの不幸な経緯に終止符を打つものと好意的に受け止められた。後追い派でさえモンド本で勉強しているので感慨の疑似体験も可能であろう。とはいうものの現代、果たして純粋に音のみで評価を受けるということは可能なのだろうか。余談ながら「スマイル」日本盤のライナーノーツは萩原健太である。CCCD問題で明確な主張をしたため、ビーチ・ボーイズを含む東芝から締め出しを食らったと聞く。その氏が他社とはいえBB関連の作品で選ばれたことに、ある種の感慨を受けたファンもいるにちがいない。当方もめずらしく邦盤を求めた。この度の「スマイル」にはそのあたりの歴史も付きまとう……。
この度の「スマイル」がライヴ活動を念頭に製作されたことが救われる。ダリアンが当時の音源をPCに取り込んで緻密に編集したとのことだが、世に公開したのは未発表音源そのものではなく生身の音楽だったということ(Cabin Essence をはじめフェードアウトする曲がないことが何より物語っている)。ライヴの宣伝に過ぎないといえばそのとおり。伝説を付きまとっているとしても、「スマイル」はブライアン・ウィルソンの2004年の音楽活動に無事に組み込まれた。初来日の時点で山下達郎曰く「ステージに上がっただけでいい」と言わせしめたブライアンが活き活きと音楽活動を継続している、そのひとこまの題材である。だから「早過ぎた」とか「時代が追いついた」などと再評価してもらいたくない。
話はポピュラー音楽である。クラシック音楽ならば何十年費やして楽譜に加筆訂正してもかまわないだろう。ある種の文学も同様、「ファウスト」にせよ「死霊」にせよ、中断したから、数十年を費やしたからといって値打ちが下がることはない。ところが話はポピュラー音楽である。
ここで対照的に思い出す一曲がある。 Don't Worry Baby、といえば「so what?」と反応があろう。ここで取り上げるのは90年代キャピトルが2in1でリイシューしたCDのボーナス・トラックとして発表されたテイクである。次々とヒット曲が続くBBの新曲として発表されたそ1964年、まさにその年にライヴで歌われたものだ。まだ歌いこなれていないのか、ブライアンは前奏の間に♪ドント・ウォリー・ベイビー♪ファルセット部分を発声練習している。これではライヴ盤に収録は困難である。このときブライアンは、将来この曲を何千回も歌うことになると決意していただろうか。35年後、日本の観客がこの曲のイントロを聞いて悲鳴に近い歓声を上げる事態を予想しただろうか。BBのスタンダードのひとつ、ブライアンの心情を吐露した名曲、手垢にまみれるほど評論しつくされた一曲、そういった運命をまだ知らずにブライアンは歌っている。聴衆もまた然り。これこそポピュラー音楽の幸福な瞬間ではないだろうか。