The Beach Boys と私

長い間、ビーチ・ボーイズは「人格」抜きの音楽そのものだった。ブライアンがどうしたとか、SMILEが、挫折が、確執が、などBBにまつわる物語は一切知らずに楽しんでいたのだ。
初めて Beach Boys を聴いたのはいつ頃か。洋楽を聴き始めた中学に入った頃《イギリスがBeatlesならばアメリカはBeach Boys》てな触れ込みではなかったか。ところで私が最初にAMラジオで聴いた洋楽は出来すぎかもしれないがThe Carpenters の"Yesterday Once More"。LP「Now And Then」ではその曲から始まるB面がメドレーとなっていて、心地よいsha-la-la-la のコーラスはエンジン音にかき消されて次の曲に移ってしまう、その"Fun Fun Fun"がBBの曲だと知ったのは少々時間がかかった。まとまって彼らのヒット曲を聴いたのはNHK-FMで「終わりなき夏」をエア・チェックしてからか。アメリカでは74年にベストセラーとなり、再評価のきっかけとなった2枚組のベスト盤。2枚組といっても片面5曲の計20曲、トータルで46分カセットに収まる内容だった。日本では翌75年、片面に10曲ぎゅう詰めの一枚物で発売された。FMfanで福田一郎先生が《日本では夏シーズンの到来を待って1年遅れでリリース》と解説していたのを覚えている。ホットロッドとは何かも知らず、大人の世界がテーマなのだと憧れた。「免許を取ったらBBをBGMにしてドライヴしたいな〜」などと漠然と憧れた。"All Summer Long" が「アメリカン・グラフィティ」のエンディングに使用されたこともあって「大人になってBB5を楽しむとはこういうことかしら」と予想した。そういう理由でこのアルバムの収録曲を聞くと中学3年の林間学校の想い出とつながる(一方「Spirit Of America」をエアチェックしたのは冬の朝のNHK-FM番組で、"Don't Back Down", "Salt Lake City"など、自宅の寒い朝の記憶が染み付いている)。
さて、そういった記憶の再現だけではないところが本論である。その収録曲のサウンドの不思議さである。"Be True To Your School"のテンポが変わるときの焦がれるような感覚、"The Warmth of the Sun"の諦念めいたコーラス(島尾敏雄の散文のようなトランキライザー感覚、それを言うなら"California Girl"も同様)、"Don't Worry Baby"のドラムスだけでフェードインする揺らぎ、フェードアウトでボーカルだけが取り残されたときの寂寞感、"Wendy"の咳払いの後で突然始まるジェットマシーンのエフェクタめいたコーラス、"I Get Round"の冒頭、いきなりゴージャスで豊饒なコーラス、"All Summer Long"の冒頭、ロックンロールとは離れた木琴の躍動感。曲のよさはもちろんだが、サウンド・プロダクションとして楽しんでいた節がある。河端一「Pet Sounds」以前をチョイスしているのはさもありなんと思う。少なくとも影響を受けたといわれるThe Four Freshmen から受けるオールディーズ感覚とは異なるのだ。「Good Vibration Box」収録の未発表曲でThe Four Frechmen そっくりのものがあったがあまりにオールドスタイルに聞え違和感があった。「Pet Sounds」に至らないBB5、それが十分に魅力的だった。LP「終わりなき夏」は中学卒業を間近に控えた3月に浜松・松菱デパートで買った(レコードをどこどこで買った、という記憶の楽しみからもずいぶんと遠ざかってしまった)。その後、続編のベスト盤「Spirit Of America」を大学生協で、それら2枚とはダブらないカリブー・レーベルの2枚組ベスト盤「Ten Years Harmony」をハマラジで買った。その次といえばキャピトル編集の8枚組ボックスか。「Pet Sounds」を含めたオリジナル盤に手が出ることなく過ぎていった(ベスト盤好きはいまでも抜けきれないが)。76年の「ブライアン・イズ・バック」キャンペーン以降、同時代としてもBB5は断続的に活動していたがほとんど視界に入らなかった。ニューウェイヴ、ワールド・ミュージックに呑み込まれていたのだから。大きな節目となったのは1988年、ブライアン・ウィルソンのソロ・アルバムである。友人のS**くんのアメリカ土産がこのCDだった。通勤の途中、最初に聞こえてきたときの衝撃はずばり「なんと果かない、悲しい声なのか」に尽きる。(続く、祝ブライアン再々来日)